こんにちは。いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。

先日、昔からよく知っているお客様が主催するバレエ教室へ、発表会のプログラムに使用する「出演者の顔写真(プロフィール写真)」の撮影に行ってきました。

普段は、本番の劇場の暗闇の中で、踊り手たちの全身が放つエネルギーをファインダー越しに追いかけている私ですが、実はこうしたスタジオでのポートレート(顔写真)撮影も、舞台写真と同じくらい大切にしているライフワークの一つです。

今日は、その撮影現場で感じたこと、そして、私がプログラム用の顔写真撮影に込めている想いについて、少しお話ししてみたいと思います。


独立して戦う「同志」からの、心地よい刺激

今回撮影に入らせていただいたバレエ教室の先生は、昔からのお付き合いがある、とても信頼しているお客様です。

先生がご自身の教室を立ち上げて独立されてから、今年で4年目。そして、私が「Az Crea」として独立して舞台写真家としての道を本格的に歩み始めてから、現在6年目になります。 独立した時期が近く、お互いにゼロから自分の城を築き上げてきたという背景があるため、私の中ではお客様でありながら、どこか同じ時代を戦い抜いている「同志」のような、特別な親近感を勝手に抱いている方でもあります。

スタジオに到着し、久しぶりにお会いした先生は、相変わらずの元気と笑顔で迎えてくれました。そして何より驚いたのが、教室の目覚ましい成長ぶりです。 日々、生徒さん一人ひとりと真剣に向き合い、情熱を持って教室運営を頑張り続けてこられた結果、なんと今では生徒数が3ケタを超えたとのこと。

独立してからの数年間、決して順風満帆なことばかりではなかったはずですし色々な苦労話は聞いていました。特にここ数年は世の中全体が慌ただしく、教室を運営していく上で数え切れないほどの苦労があったと思います。それでも歩みを止めず、これだけたくさんの生徒さんや保護者の方々から愛され、選ばれる教室へと育て上げられたそのお姿には、ただただ尊敬の念しかありません。

「いやあ、本当にすごいよね。オレも負けとられんね。」 思わずそんな言葉が口をついて出ました。同世代で、同じように自分の信念を持って事業を営んでいる方がこれほどまでに頑張っている姿を目の当たりにすると、私自身の心の中にも「もっともっと高みを目指さなければ」という熱い火が灯ります。本当に、ありがたい刺激です。

撮影自体は、昔からの慣れた間柄ということもあり、非常にスムーズに進みました。次々とスタジオに入ってくる生徒さんたちを撮影していく限られた時間の中ではありましたが、合間を縫ってお互いの近況報告をしたり、今後の目標について語り合ったりと、とても充実した良い時間を過ごさせていただきました。

プログラムの顔写真は、本番が始まる前の「最初のステージ」

さて、皆さんは発表会の「プログラム」を手にした時、真っ先にどこを見るでしょうか。 演目の順番やあらすじを確認した後は、おそらくほとんどの方が、出演者の顔写真が並んだページをじっくりと眺めるのではないでしょうか。

「あ、うちの子、すごく良い笑顔で写ってる!」「〇〇ちゃん、去年よりすっかりお姉さんになったね」「この主役を踊る方、とても綺麗な顔立ちをしているな」

開演前のロビーで、あるいは客席に座って幕が上がるのを待つ間のドキドキとした時間。プログラムの顔写真のページは、会場に足を運んでくださったお客様のほぼ全員が、隅々まで目を通す特別なページです。

つまり、プログラムの顔写真というのは、単なる「名簿の代わり」ではありません。それは、本番のステージが始まる前に、お客様と踊り手が出会う「最初のステージ」なのです。

だからこそ、私はこの顔写真の撮影において、絶対に妥協しません。 私が撮影する上で念頭に置いているのは、ただ明るく写っていればいい、ピントが合っていればいいという記録としての写真ではなく、「その子らしさが最大限に引き出されていること」、そして「舞台に立つ表現者として、凛と綺麗に撮れていること」です。

一言で顔写真撮影といっても、これがまた本当に奥が深いのです。 全身を使って感情を表現する普段のダンスとは違い、顔写真は限られた画角の中で、表情と僅かな首の傾げ方、肩のラインだけで「その人らしさ」を表現しなければなりません。

カメラの前に立つと、どうしても緊張して表情が硬くなってしまう子もいます。そんな時、どうやってコミュニケーションを取り、心の緊張をほぐし、その子が本来持っている一番素敵な笑顔や、少し大人びた真剣な表情を引き出すか。 光の当て方(ライティング)をミリ単位で調整し、瞳の中にキラリと光るキャッチライトを入れ、肌の質感を美しく滑らかに描き出す。レンズを通して被写体と向き合い、その人の「一番良い顔」を探り当てていくこの過程は、舞台本番の撮影とはまた違った、とてもスリリングで楽しい時間です。


スマホ時代に、あえてプロへ依頼する「本当の価値」

近年は、スマートフォンのカメラ機能が劇的に進化しました。ポートレートモードを使えば背景も綺麗にボケますし、アプリを使えば肌を明るく補正することも簡単にできてしまいます。

そのため、少しでも教室の経費や保護者の方の負担を削減するために、プログラム用の顔写真は先生ご自身がスマホで撮影したり、生徒さんが各自で自撮りしたものを提出してもらったりして済ませてしまうケースも増えてきていると耳にします。

ビジネスとして、あるいは教室運営の工夫として、経費削減を考えるのは当然のことですし、その選択を否定するつもりは全くありません。

それでも私は、舞台写真の職人として、あえて強くお伝えしたいのです。 プログラムという「形として残るもの」だからこそ、顔写真はできる限りプロのカメラマンへ依頼していただきたい、と。

なぜなら、プロの撮影は「画質が良い」という表面的なことだけが価値ではないからです。

機材の違いは言うまでもありません。プロが使うストロボの光は、踊り手の顔立ちを立体的に浮き上がらせ、衣装の色を美しく再現します。専用のレンズは、顔の輪郭を歪ませることなく、最も美しいプロポーションで切り取ります。

しかし、それ以上に決定的な違いを生むのは「撮影体験という空間」です。

日常の空間で、スマホを向けられて撮る写真。 一方で、本格的な照明機材が組まれ、プロのカメラマンがファインダー越しに自分だけを見つめ、真剣にシャッターを切ってくれる非日常の空間。

「いいね!その表情」「その表情、すごく素敵!」と声をかけられながら、プロのレンズの前に立つという体験は、生徒さんたちの心に「私は今日、特別な舞台に立つ表現者なんだ」という誇りと自覚を芽生えさせます。 その高揚感、少し背伸びをした誇らしげな感情は、必ず表情に表れます。スマホのレンズでは決して引き出せない、内側から発光するような自信に満ちた表情。それこそが、プロが引き出すことのできる最大の価値です。

顔写真も、一つの愛のカタチ

前回のブログでもお話ししましたが、写真はデータとして画面の中で消費されるだけでなく、プリントされ、プログラムという「物理的な形」になってこそ、本当の力を持ちます。

何年か経って、ふと部屋の片隅から昔の発表会のプログラムを見つけ、ページをめくった時。 そこに、プロの光を浴びて、凛とした美しい表情で写っている自分自身の姿を見つけたら、どんな気持ちになるでしょうか。

「あの頃の私、こんなに良い顔をして頑張っていたんだな」 その一枚の顔写真は、過去の自分からのエールとなり、必ずその人の背中を温かく押してくれるはずです。

決して安くはない経費をかけてでも、プロのカメラマンを呼んでプログラムの写真を撮影する。それは、「うちの生徒たちを、最高に綺麗な姿でお客様にお披露目したい」「この子たちの頑張りを、一番良い形で残してあげたい」という、先生から生徒さんたちへの、深くて温かい愛情の証明に他なりません。

そして、私たちカメラマンが、一人ひとりの個性と向き合い、持てる技術のすべてを注ぎ込んで最高の一枚を撮り下ろすこと。それもまた、舞台に立つ表現者たちへの最大のリスペクトです。

そう考えると、プログラムに並んだ顔写真というものは、それ自体が「一つの愛のカタチ」なのだと私は思っています。

先生の愛、保護者の皆さんの愛、そして私たち裏方の愛。 たくさんの愛に包まれて作られたプログラムは、当日会場を訪れたお客様の心を温め、そして出演する生徒さんたちにとって、一生色褪せることのない宝物になります。

今回撮影させていただいた生徒さんたちの、キラキラとした顔写真がずらりと並んだプログラム。それが完成し、劇場のロビーでお客様の手から手へと渡っていく光景を想像するだけで、今から発表会本番の日が楽しみで仕方がありません。

本番のステージでも、彼女たちが放つ最高の光をカタチに残せるよう、私も職人として、万全の準備を整えて会場へ向かいたいと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。 皆様の人生の1ページが、素晴らしい笑顔の写真で彩られますように。